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ユリイカ 平成23年 2月号 / ソーシャルネットワークの現在
ユリイカ 平成23年 2月号 / ソーシャルネットワークの現在_c0089950_1640418.jpgユリイカ 平成23年 2月号 / ソーシャルネットワークの現在

[対談] 小林 弘人 × 濱野 智史; ソーシャルネットワークの可能性
東 浩紀; 新しい社会 新しい教養
西田 亮介; 情報と想像力の狭間に生きる「私」たち
河野 聡子; 私は遠くの何かに対して公開されている
etc...


最近自分が mixi 意外にも Twitter や Facebook を始めたのをきっかけに、
amazon で「ソーシャルネットワーク」と検索したら、
ちょうど引っかかったのが、この ユリイカ という雑誌でした。

この雑誌の表紙は、横目に何度か見かけたことがあったのですが、真剣に手にとって読んでみたのは初めてでした。
論文誌のなので、活字ばっかり。しかも元々、書く人たちの文章が難しい上に、
今回の題材なので、新しい言葉が非常に多く、はっきり言って読みにくさ満点です・笑


読み取れていないところも多いと思いますが、
今後は情報や、それをつなぐネットワーク等のソフトの時代になって行くことが明らか。
という事で、真剣に読んでみました。

結果的に、自分の漠然と思っていた事を整理するきっかけにもなったので、
手に取ってみて良かったと思っています。

この本を読んでみる必要は無いかも知れませんが、
少なからず、何かしらの SNSの中に自分を置いている人たちが多い今、
SNSよって、どう世界が広がって、また縮んで行くのか、
また、そのSNSにどう関わっていくのかを考えてみてみると、面白いかもしれませんよ。




そもそもソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の定義とは何なんだろう?

Wikipedia では、
「社会的ネットワークの構築の出来るサービスやWebサイトであれば、
ソーシャル・ネットワーキング・サービスまたはソーシャル・ネットワーキング・サイトと定義される。
この為、コメントやトラックバックなどのコミュニケーション機能を有しているブログも広義的にはSNSに含まれる。
狭義的には、ソーシャル・ネットワーキング・サービスとは人と人とのつながりを促進・サポートする、
コミュニティ型の会員制のサービスと定義される。あるいはそういったサービスを提供するWebサイトも含まれる。」
と定義されています。

要は、今まさに見ていただいているこのブログや、mixi、Facebook、Twitter なんかがそういうものにあたるという事でしょう。
また、もっと広義に考えれば、それぞれにアプリケーションを提供している提供元もSNSということになるのでしょうか?

SNSの定義についてはこれぐらいにして、本題へ。
以下はあくまでも自分個人の考えなのであしからず。



まず、SNSの利便性については、率直に言って、便利なものだと感じています。
今まではテレビやHP、雑誌等の紙媒体でしか得られなかった情報が、
SNSというネットワークを通じて、世界中の個人レベルが繋がる事が可能になった事で、
自分たちで情報を容易にかき集められるようになりました、

ただし、非常に便利!と思う反面、非常に不便と思う事も。
今まではただ情報を受ける側だった個が、SNSを使い、発信する側にも立てるようになった事で、
情報にノイズが混ざりやすくなってしまった事です。

mixi のコミュニティーに参加している人はよく分かると思いますが、
たくさんのコミュニティーに参加していくに従って、
本来欲しいと思っていた情報が埋もれてしまってたなんて事は無いでしょうか?
または、トピックのやり取りが激しすぎて、必要な情報を引き出せないなんて事も。

雑音が多すぎるんですよね。

検索技術が発達しているので、見つけやすさは格段と良くなっているにも関わらずです。

テレビやHP、雑誌等の紙媒体は、一定の責任の元、情報発信していたのに対して、
個が発信している情報には、個が責任を持つ必要はまるでないからでしょう。
情報は出す側ではなく、受ける側が責任を持つ必要がある時代になっています。




次に、SNSによる世界の広がり方について。
SNSを使って、見ず知らずの人たちとの繋がりを積極的に持って、
世界が広がったと感じている人はどれぐらいいるでしょうか?
少なくとも自分は感じていません。

それは結局、ネットという匿名性の高い場所で、
見ず知らずの人たちと繋がるには、リスクが伴うからでしょう。

たった6年間で、Facebookが5億人の登録者数を獲得したのは、まさにそこの考え方かもしれません。
実名でFacebookを使う事によって、発信側にも責任が生まれ、そういう中で、つながりを持つ事ができれば、
そこに広がる世界の面白みは無限大だという事をFacebookは言わんとしているのかも知れません。

ただし、「原則的に実名」で、というリスクが付きまとっている事も、Facebookは、十分 分かっていて言っています。
実際に世界の5億人が、どのような使い方をしているかは分かりませんが、
おなじみのmixiと同じように「承認」、「拒否」があるという事は、結局は自分で広げる勇気と責任がいるという事でしょう。
繰り返しになりますが、あのボタンには、責任は自分で負う必要があるという意味が込められているということです。



インターネットは世界中をつないで、世界を近い存在にするものだったはずなのに、
近くなるどころか、広がりを持ってしまっているわけですが、
結局はインターネットもSNSも、ツール(道具)であって、それを使うのは自分自身という事でしょう。
世界は広くも狭くもできる。

TwitterやYoutube、Ustreamが、まさか政治に活用されるとは、ほとんどの人が想像できなかった訳なので、
今後このSNSがより発展して、そして想像できない使われ方をするのは間違いないでしょう。



つらつらと書きましたが、自分はSNSに対しては肯定的な考え方を持っています。

今、やりとりがされているのは情報だけですが、ネットワークによって、世界はもっとさまざまな繋がり方をしていくと思います。

そういう、いわゆるネットワーク原始時代からスタートできる私達の世界は、

これからと非常に楽しい世界になっていくと思います。



最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。


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こんな本もあるみたいです↓

ソーシャルメディア革命
~ソーシャルの波がマスを飲み込む日~

立入 勝義 (著)


気になった方、是非。

ユリイカ 平成23年 2月号 / ソーシャルネットワークの現在_c0089950_17222053.jpg



 
by minabe-keita | 2011-02-05 16:40 | Book(Other)
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